賃料アップの基本的な考え方
- 賃貸不動産経営管理士
宅地建物取引士 - 新井 晴男
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賃貸マンション・事業用賃貸物件運営において賃料アップは、これまでどちらかといえば「収益をさらに伸ばすための施策」として語られることが多かったかもしれません。しかし現在は状況が異なります。賃料アップは“攻め”というよりも、むしろ“守り”の経営判断になりつつあります。なぜなら建物を取り巻く維持管理コストが、確実に上昇しているからです。固定資産税は評価替えや地価動向の影響を受け、都市部を中心に負担感が増しています。また、清掃費や警備費、設備点検費といった日常管理費は、人件費の上昇を背景に年々上がっています。また、エネルギー価格の変動によって電気料金の上昇は共用部の水道光熱費に直結します。さらに設備更新費についても、エレベーター、空調設備、給排水管、外壁改修など、築年数が進むほど大規模修繕時に必要とされると金額は大きくなります。近年は建築資材価格の高騰もあり、同じ工事内容でも数年前よりコストが上がっているのが実情です。このような状況で賃料が据え置きのままであれば、実質的には収益が削られ続けてしまいます。利益が減るだけでなく、将来的に必要になる修繕費用が不足する可能性があります。賃料アップは利益拡大というより、資産価値を維持するための必然的な防衛という側面が強くなっていると言えるでしょう。
目次
賃貸市場の上昇の現状
メディアでも賃料上昇が取り上げられることが増えているなか、賃料改定を検討するにあたり、ご自身のビルでも賃料アップが可能なのかどうか気になるところではないでしょうか。
実際のところ主要都市を中心に賃料は上昇局面にあります。ただし、一律ではなく “選別型の上昇”が起きているというのが正確な表現でしょう。
公益財団法人「日本不動産研究所」の不動産投資家調査や、オフィス市場データで知られる「三鬼商事」のレポートを見ると、都心主要エリアでは空室率が改善傾向にあり、それに伴って募集賃料も底堅く推移しています。
特に近年の特徴は、「新築物件の賃料水準が高い」という点です。建築費高騰により新築ビルの賃料水準が大きく上昇すると、エリア全体の価格基準が引き上げられます。その結果、立地などに強みを持つ既存ビルは、従来よりも高い賃料設定でも競争力を維持できる可能性が生まれます。
新築の賃料が“天井”を引き上げている構図です。
また、例えばオフィスの場合、入居テナントである企業側の動きにも変化が見られます。リモートワークの定着により一時的にオフィス縮小の動きが見られましたが、その後は「質の高いオフィスへの移転」「立地重視への回帰」という流れが進んでいます。単純な面積削減ではなく、“より良い空間への再投資”が起きていると言われています。立地に強みがある、共用部が整っている、使い勝手が良いといった物件は、相対的に評価が高まりやすい状況です。一方駅距離が遠い、設備が古い等の競争力が弱い物件は選ばれにくくなります。現在は、「市場全体が一律に上がる」というよりも、条件の良い物件から順に賃料が見直されている局面と言えるでしょう。
物価上昇が社会全体に広がる中で、テナント企業側も一定のコスト増を受け入れざるを得ない状況にあります。そのため、賃料改定に対する心理的な抵抗感は、以前よりもやや低くなっているのが実情です。もう一つ重要なのは、「据え置きは安全ではない」という視点です。市場が上昇しているにもかかわらず自物件の賃料が変わらない場合、それは安定ではなく“機会損失”である可能性があります。周辺相場との差が広がるほど、本来得られたはずの収益を取り逃していることになります。
今後の見通しについても、建築コストや人件費が急激に下がる可能性は低く、供給側のコスト高は続くと考えられます。そのため、新築賃料の高止まりは当面続く可能性が高く、既存物件の賃料にも一定の下支え圧力がかかると予想されます。
更新時の賃料アップが難しい理由
とはいえ、既存賃借人の更新時に賃料を引き上げるのは、定期借家契約ではなく、普通借家契約であれば、実際にはハードルが高いです。賃料変更には契約当事者双方の合意が必要です。オーナー様側が「上げたい」と考えても、賃借人が同意しなければ成立しません。さらに、賃料増減額請求やその交渉は法律行為にあたるため、管理会社が代理で増額交渉を行うことは原則としてできません。いわゆる「非弁行為」に該当する可能性があるために、管理会社は伝書鳩的な形でオーナーの意向を伝えるのみということとなります。(伝え方は管理会社の腕の見せどころとなるかとは思いますが。)
賃料の増減については、借地借家法に基づき、経済事情の変動や近隣相場との不均衡がある場合には増額請求を行うことができるとされています。つまり、法的には増額の道は用意されています。
しかし実務上は、まず当事者間での協議が前提となります。テナントが増額に同意しない場合、話し合いが長期化することもありますし、合意に至らない場合には調停や訴訟といった手続きに進む可能性もあります。
訴訟まで発展するケースは決して多数ではありませんが、実際にその段階に進めば、弁護士費用や資料作成の手間が発生します。また、裁判所が判断する「相当賃料」は、必ずしもオーナー様の希望通りになるとは限りません。解決までに一定の時間を要することもあります。
さらに、長年入居している賃借人との関係性に影響が出る可能性も否定できません。増額自体が問題というよりも、進め方によっては信頼関係に微妙な変化が生じることがあるのです。
このように、更新時の増額は法的には可能であっても、時間・費用・関係性といった側面を総合的に考える必要があります。そのため実務上は、入れ替え時の募集条件見直しの方が、より現実的でスムーズな方法といえるのです。
賃料アップのタイミングは入れ替え時が基本
こうした現実を踏まえると、賃料アップの最大のチャンスは賃借人の退去後、新規募集を行うタイミングになります。
新規契約であれば、条件はゼロから設定できます。市場相場を反映した賃料を提示でき、既存契約の制約もありません。言い換えれば、退去のタイミングは数年に一度の貴重な収益改善機会なのです。
逆に、この機会を逃せば、次に条件を見直せるのは数年先になる可能性があります。賃料は一度決まると長期間固定されるため、募集時の判断は極めて重要です。
上げられる物件と上げにくい物件
当然ながら、すべての物件で賃料アップが可能とは限りません。すでに相場より高い賃料で貸している場合や、築年数が進み競争力が低下している場合には慎重な判断が必要です。
築古であっても、エントランスの簡易改修やトイレのリニューアル、LED化、空調更新など、小規模なリニューアルでも印象は大きく変わります。物件の価値を高めることで、賃料改定の説得力が増す可能性があります。近隣相場と物件の強み・弱みを整理した上で賃料アップの可否や程度を判断すると良いでしょう。
管理会社にとっての賃料アップとは
賃料が上がれば管理料も増えるケースが多いため、管理会社にとっても確かにメリットがあります。しかし実務的には、募集条件の変更、資料の再作成、仲介会社への周知、反響減少リスクへの対応など、負担は確実に増えます。そのため、現状維持のまま同条件での再募集に流れやすいことも否定できません。管理会社はオーナー様の意向に基づいて動くのが原則であり、オーナー様が明確な意思表示をすることが大事です。
まとめ
維持管理費は上昇し、市場賃料も上昇傾向にあります。この環境下で収益を維持・向上させるためには、「募集時に賃料を上げる」という方針を明確にすることが出発点になります。具体的には退去予告が出たタイミングで、近隣相場の調査を行い、どの水準まで賃料アップを目指すのかを判断する必要があります。
賃料は一度の判断である程度の期間固定されるものです。だからこそ、目先の空室リスクだけでなく、長期的な資産価値の維持という視点が重要になります。
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- 賃貸不動産経営管理士
宅地建物取引士 - 新井 晴男
株式会社アドバンス・シティ・プランニング PM部課長 / 1971年生。世田谷区出身。事業用・居住用賃貸不動産経営管理(プロパティマネジメント)のエキスパート。
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